学校教育とSDGs

2020年11月16日

小学生の異変(その2)

社会や家庭のストレス増大と子どもたちのストレス

「ダイヤモンド・ランキング・・小学生の異変の原因は?」で回答者の6割以上がBの「社会や家庭内のストレスの増大が、子どもたちのストレス増加をもたらしている」を最も重要と回答しました。非正規雇用比率の上昇、シングルマザーの増加や相対貧困率の上昇など、じわじわと生き辛さが押し寄せてきていることは、否定しがたい事実です。そのような社会や家庭のストレスが子どもたちの心身に影響を与えていることは間違いありません。

元同僚の佐藤学氏から、11月14日に開催された学習院大学教育学科教育学研究会の講演で用いたパワーポイントが送られてきました。その最後の結論の一つとして「ポスト・コロナの社会は、資源と資産を共有し合う社会、人々が相互に助け合い支え合う社会、未来に向かって学び続ける社会、すなわち sharing, caring and learning community である。この社会に向けて、一人も独りにしない教育で子どもたちを守り育てる必要がある。」と書かれていました。今日の社会が「資源と資産を共有し合う社会」でも「人々が相互に助け合い支え合う社会」でもないからこそ、ポスト・コロナの社会はそういう社会にしなければならない、という強い思いが込められていると感じました。

「所有」から「共有」への転換は、徐々にですが、すでに気配が出てきています。若者の自動車所有意欲の低下とカー・シェアリングの急増などが顕著になってきています。人口減少・過疎化・高齢化で耕作放棄地が増え、日本の経済観念の基本をなしてきた田畑の所有に対するこだわりも低下してきています。しかし、現実の社会を見た場合、ポスト・コロナ社会になっても、「人々が相互に助け合い支え合う」ことと同様に、「資源と資産を共有し合う」ことが社会の基調となるのはまだ相当先のことと思わざるをえません。早急な対応が求められている「小学生の異変」に有効かつ即効的な効果を発揮することは期待できそうにありません。

では、「共有(sharing)」と「支え合い(caring)」を基調とする社会の到来を早めることはできないのでしょうか。佐藤学氏が提示した3つ目の「未来に向かって学び続ける社会(=learning community)」こそが、地道ではありますがそのスピードを速め、しかも転換への確度を高める可能性を秘めていると思っていいます。このことについては、最後の「これからの学校教育が目指すべきこと」で述べることにします。

農薬や添加物の影響

Cの「子どもたちの暴力行為等を学校がきっちりと教育員会に報告するようになった」からを重要な原因と捉えた方は少数で、「小学生の異常」はそのレベルの問題ではない、という認識が参加者のほぼ共通の認識といえるものでした。

同様に、Dの「食品添加物等の有害物質の体内蓄積が、敏感な子どもたちに影響し始めた」も、多くの参加者は重要の原因とは捉えていないようでした。しかし、ごく一部の参加者はこのDを最重要と考えており、実は、遺伝子の変異に関心を寄せている筆者も、このDは相当重要な要因と捉えています。この数年間で顕著になってきた「小学生の異常」は、ほかの様々な要因と複合的に作用した結果であろうと考えていますが、有害な化学物質が体内に取り込まれることで、大きな問題が引き起こされている可能性は高いとみています。

まず、次のグラフを見ていただきたいと思います。


https://www8.cao.go.jp/shougai/whitepaper/h30hakusho/zenbun/h1_03_01_01.html

このグラフは、「通級による特別支援の指導を受けている児童生徒数の推移」を示しています。発達障害の3つのカテゴリ―(ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如・多動症)、LD(学習障害)だけに注目すると、過去10年で3倍以上に増えています。発達障害についての認定が進んだ結果という部分も否定できません。しかし、10年以上小学校の教員として児童の変化を見てきた方であれば、発達障害児の増加はほぼ共通の認識になっているはずです。そして、発達障害児の増加は文科省が「問題行動・不登校等」として常に取り上げている「暴力行為」「いじめ」「不登校」の小学生の急増と驚くほど類似した傾向を示しています。もちろん、絶対数では「暴力行為」「いじめ」「不登校」の合計と「発達障害」とされる児童数には大きな差があります。しかし、軽度の発達障害がカウントされてないことを考慮すれば、「暴力行為」「いじめ」「不登校」の増加を引き起こしている重要な要因の一つが発達障害の増加であると推定できますし、発達障害が遺伝よりも有害化学物質による可能性が高いことを示す研究は相当数に上っています。教育界にはまだ十分に浸透していないようですが、目をそらすことのできない問題です。

有害化学物質、特にネオニコチノイド系農薬と神経発達障害

2013年の第22回日本臨床環境医学会集会では特別企画として国際シンポジウム「有機リン・ネオニコチノイド系農薬のヒトへの影響―特に子どもの発達障害と急性・亜急性中毒被害の現状―」が開催され、そのシンポジウムを受け、木村‐黒田純子、黒田洋一郎の両名が『臨床環境医学』(第23巻第1号)に「自閉症・ADHD など発達障害の原因としての環境化学物質― 遺伝と環境の相互作用と農薬などの曝露による脳神経系、免疫系の撹乱―」と題する論文を寄稿しています。以下はその論文に記載された「要約」です。

日米韓における自閉症、ADHD など発達障害児の急増は、遺伝要因でなく環境要因が主な原因であることが確定的となってきた。自閉症関連遺伝子は最近までに数百も見つかり、これらの変異の組み合わせにより、個人毎に異なる「発症しやすさ」を決める遺伝子背景を構成している。増加の環境要因は多様だが,発達障害の増加に先行する農薬など環境化学物質汚染が疑われる。農薬やPCB など環境化学物質の発達障害との因果関係を示す論文や、疫学報告も数多く蓄積している。胎児期、小児期における多種類の環境化学物質の曝露は、脳発達に重要な神経情報伝達系、ホルモン系、免疫系の撹乱や新規(de novo)のDNA突然変異を介して、特定の神経回路(シナプス)が形成異常を起こし発達障害を発症すると考えられる。日本人全員が各種環境化学物質に常時多重複合曝露している最新データもあり、放射能汚染も合わせ、感受性の高い子どもへの影響が懸念される。

その論文に掲載された注目に値する図・グラフを以下に転載します。

この図はヒトの脳のシナプスが胎児期と乳児期に著しく発達するが、その時期に環境科学物質が母体や母乳から侵入することを概念的に示しています。

この図は、自閉症や広汎性発達障害(アスペルガー症候群を含む自閉症スペクトラム)の有病率の高い日本と韓国で単位面積当たりの農薬使用量がずば抜けて高いことを示しています。

同論文で特に筆者が注目したのは以下の文章でした。

米国社会アーミッシュという特殊なオランダ系民族集団の健康度で、彼らは移民当時の生活スタイルを堅持して、近代文明を拒否している。驚くべきことに、彼らの自閉症の発症率は、平均の米国人の十分の一くらい、ここ数十年で年数人しか発症せず、自閉症児は著しく少ないままだ。環境要因のうち、近代文明に浸っている一般米国人が曝露し、アーミッシュの人たちが曝露していないものが、自閉症の原因となっていると思われる。

同論文以降も、特にネオニコチノイド農薬が発達障害を引き起こしている可能性を示唆する研究は多数に上っています。例えば、PLOS ONEという英文学術誌の2019年7月号に掲載されたGo Ichikawaらの論文“LC-ESI/MS/MS analysis of neonicotinoids in urine of very low birth weight infants at birth”は、生後間もない新生児の用からネオニコチノイド系農薬の代謝物を検出しており、ネオニコチノイド系農薬が母親から胎児に胎盤を通過して移行したものとして注目されています。

ネオニコチノイド系農薬の生産増加と不登校児童生徒数の増加

日本では1988年に開発、1992年に農薬登録され、最初はミツバチの大量失踪や赤とんぼの減少の原因として注目されたネオニコチノイド系農薬ですが、ヒトへの影響が顕著でないと判断されたこともあって、その後は下のグラフのように1990年代から2000年代半ばにかけて増産され、現在は高止まりという状態です。

http://organic-newsclip.info/nouyaku/neonico-data.html

「小学生の異変」(その1)の冒頭で紹介した3つのグラフのうち、不登校児童生徒数のグラフは平成10年(1998年)以降しか描かれていませんが、文科省の調査結果には平成3年(1991年)から記載されています。そこでは不登校児童生徒数が平成6年(1994年)ごろから増加しはじめ、平成13年(2001年)にかけて第一次の不登校急増期を経験しています。2000年代になると不登校児童生徒を減らすべく様々な取り組みがなされましたが、その後15年間ほどの高止まり期を経て、現在第二次の不登校急増期に入っています。

https://www.mext.go.jp/content/20201015-mext_jidou02-100002753_01.pdf

第二次の不登校急増の原因追及はこれからの課題でしょうが、第一次の不登校急増については、ネオニコチノイド系農薬の生産増と類似した傾向が見られます。

なお、加工食品への依存度の高まった食事によって、摂取するミネラルが不足していることが発達障害の原因であるとの指摘もあります。ただ、この点については、筆者自身も勉強不足ですので、現時点では一時保留とさせていただきます。(続く)

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