学校教育とSDGs

2022年3月18日

持続可能な社会の構築に向けた教育改革の円滑な推進のために

持続可能な社会の構築に向けた教育改革がいよいよ本格化しはじめています。しかし、改革案が明確になるとともに、その推進を阻むことになりそうな要素も明らかになってきていると感じています。その一つが学校と学校の外の世界の文化の違いです。この1年ほど、世界の教育改革の潮流や日本の教育改革の動向を私なりに整理して、この「SDGsと学校教育」欄に書いてきました。今回は、世界と日本の教育改革の潮流と動向を簡単に振り返るとともに、「学校文化」「教員文化」とも呼ばれる学校内の文化と、学校の外の世界の文化の溝が教育改革を阻むのではないかという懸念を述べ、その解消にための一つの提案をしたいと思います。

近年の国際的な教育改革の潮流

地球環境問題の深刻化や貧困・格差の拡大を背景に、持続可能な社会を目指す動きは、特に1992年の国連環境開発会議(リオ・サミット)以降、活発化してきました。また、2005年から始まった「国連持続可能な開発のための教育の10年(DESD)」によって、持続可能な社会の構築には、教育が大きな役割を果たす必要があるという認識も世界的に広まっています。

2015年の国連持続可能サミットにおいて、SDGs(持続可能な開発目標)を中心に据えた「持続可能な開発のための2030アジェンダ」が全会一致で採択されました。SDGsは、「私たちの世界を変革する(Transforming our World)」ために、それまで別々に議論されがちであった環境、社会、経済に関わる問題を統合したもので、17の目標についても「相互関連性と統合」が重視されています。また、同じ2015年に、OECD(経済協力開発機構)もEducation 2030プロジェクトを発足させて、持続可能な社会の構築に向けた教育のあり方について本格的に検討を始めました。そして2019年に、これからの世界の学校教育の潮流を大きく変える可能性を秘めたラーニング・コンパス2030を提示しました。

OECDは、2000年から国際的な学力比較調査PISAを実施してきましたが、2001年には「キー・コンピテンシー」という概念を提示して、それまでの「何を学ぶか」が中心であった世界の学校教育を、「何ができるか」に重点を移行させる役割を果たしています。近年の日本の学習指導要領でも「何ができるか」というコンピテンシーが重視されています。しかし、Education 2030プロジェクトでは、「社会の変化に対応する力を育む」という、それまでのOECDのスタンスでは、「持続可能な社会の構築」といった人類が直面する課題に対応した教育としては不十分なのではないか、という認識に基づいて、Well-beingを実現するための「変革をもたらすコンピテシー(transformative competencies)」を求めています。ラーニング・コンパス2030では、「新たな価値の創造」「対立やジレンマへの対処」「責任ある行動」の3つが変革的をもたらすコンピテンシーとして示されています。

これらのコンピテンシーは、従来から重視されてきた「知識・態度・価値観」に付加されるものですので、学校にとっても児童生徒にとっても、オーバーロード(過負荷)問題をもたらす可能性があり、その対応に向けた教育の変革もこれから求められることになります。

近年の日本の教育改革の動向

一方、日本では、新学習指導要領の前文で、児童生徒が「持続可能な社会の創り手となる」ことを求めています。これはまさに、持続可能な社会の構築を目指す世界の潮流に対応しようとしたものです。また、この持続可能な社会の構築に向けた教育を実質化するためには新たな学校教育の枠組みが必要という認識と、科学技術やイノベーションの立ち遅れが日本の国際的な地位低下をもたらしているという認識が重なって、2021年度から内閣府主導による教育行政への強力なテコ入れがはじまっています。

2021年4月に、内閣府の管轄する科学技術基本計画を科学技術イノベーション基本計画と改め、その3本柱の一つに「教育・人材育成」を位置づけ、内閣府の総合科学技術・イノベーション会議のもとに「教育・人材育成ワーキンググループ」を発足させました。同ワーキンググループでは9月以降、急ピッチで教育・人材育成についての検討を進め、2022年3月に取りまとめの提案がなされました。そこでは「学年・学校種を超える学び」「教科の枠組みを超えた実社会に活きる学び」「多様な人材・協働体制」というように、これまで分断されていたものを統合することで学校教育を変革しようという姿勢が強く打ち出されています。従来の学校の姿を大きく変える大胆な提案で、日本中の学校に激震をもたらす可能性もあります。

とりわけ、強調されているのが「協働体制」です。様々な新たな教育課題が学校に押し寄せている一方で、教員の過剰労働の解消が大きな課題となっていることから、これまで学校においてもっぱら教職員が担ってきていたものを教職員以外の学外の「よそ者」にも協力して担ってもらおう、というものです。「協働体制」を構築する必要があるという観点から、下図のような協働体制への移行が示されています。

https://www8.cao.go.jp/cstp/tyousakai/kyouikujinzai/5kai/siryo2.pdf

このような日本のこれからの教育改革の方向性は、持続可能な社会の構築を目指す、「統合」による「変革」という世界の潮流にも一致したものであり、その着実な実施と学校教育への浸透が望まれます。

教育改革に伴う様々な軋轢・葛藤

しかし、これまでの学校教育の改革の経験から、国から示される改革が学校現場ですんなりと受け入れられ難いことは明らかです。授業や児童生徒・保護者への対応に加え、教育委員会などからも様々な報告等が求められ、多忙な日々の連続であって、将来の学校の在り方をじっくり考える余裕のない教員が多いのが実態でしょう。それだけではありません。従来の学校は社会から切り離された存在であったために独特の「学校文化」「教員文化」が存在しており、外からもたらされる変革も、できることなら避けて済ませ、現状を維持しようとする傾向が存在します。20世紀末のカリキュラム改革で導入された「総合的な学習の時間」についても、教科担任制が採られ、教科別の教員免許制度となっている中学校や高等学校の多くでは、その定着に10年以上の時間が必要でした。

しかしながら、教職員が「よそ者」とともに「協働体制」を構築すべきであるという教育・人材育成ワーキンググループの提案は、持続可能な社会の構築に求められる「変革をもたらすコンピテンシー」を育むためにも、また、児童生徒の多様化が進み、様々な新たな教育課題が押し寄せてきている現状に対応するためにも、大変重要な学校改革です。しかも、常態化しつつある教員の「過剰労働」が教員志望者を減少させ、教員の全体的なレベル低下を招くのではないかと懸念され始めている現在、「協働体制」の構築は、避けて通れないものと思われます。

学校教育に学外者の協力を求める姿勢は、以前から徐々に進行してきました。いじめの深刻化や不登校児童生徒の増加を受けてスクール・カウンセラー制度や、発達障害児の増加への対応として特別支援教育支援員制度などを導入してきました。また「チームとしての学校」という構想の下で、スクール・カウンセラー以外にもICT支援員、部活動支援員などを学校に配置されるようになってきました。

また、各学校に学校運営協議会を設置することを教育委員会の努力義務と課し、それまでの「地域に開かれた学校」から「地域とともに歩む学校」への転換を促してきました。そこでは「学校における地域との連携・協働体制を組織的・継続的に確立する」というように「協働体制」という言葉が使われています。しかし、約5年半、学校運営協議会の会長を務めてきた経験からも、学校運営協議会は学校の外側から学校運営に参画するというイメージで、学校の教職員との密な接触は限定的です。多くの学校に設けられ始めている学校支援地域本部にしても、それをさらに発展させる構想と思われる地域学校協働本部にしても、そこで展開される活動は、学校の外の「社会教育」のフィールドでの活動が中心で、学校内では「授業補助」「教員補助」「部活動指導補助」という補助的な位置づけの活動に留まっています。いわば、外堀に関わる活動といえます。

しかし、今回の教育・人材育成ワーキンググループが提示している「協働体制」は、従来から学校が担ってきた学習活動や特別活動、あるいは児童生徒指導という本丸に「よそ者」が入っていって役割分担をし、またある時は協力し合って協働活動をしよう、という提案です。この実施は「よそ者」を受け入れる学校側にとっても、「よそ者」として学校に乗り込む学外協力者にとっても、大きな、しかも多様な軋轢・葛藤を生み出す可能性が大きいと思われます。

地ならしのための双方の主体的学習

大胆な教育改革の提案が様々な軋轢や葛藤をもたらし、構想通りにすんなりと進行しないであろうという懸念には、根拠があります。アメリカの社会学者D.C.ローティによる『スクールティーチャー』(原著は1975年刊、織田泰幸らによる全訳は2021年)は、社会学的な調査研究に基づいて、教師という職業の特性として「風土病的不確定性(endemic uncertainty)」や保守主義、個人主義、現状主義をあげています。「風土病的不確定性」とは、一般的な物資の生産活動のようにマニュアル化し難く、次々と変化する子どもの反応に対して常に臨機応変の対応が求められるという意味です。そして、上記のような特性の結果として、「教師たちの提案は、ラディカルというよりは保守的であり、集団主義者というよりは個人主義的であり、未来志向と言うよりは現状維持志向になる。」「それらの提案は、革命よりは修繕に近く、要するに、要求の厳しい改革ではなく、軽微な調整で構成される。」(p.259 )と述べています。

このような教師の姿のままでは、社会の急速な変化の中で、次世代をしっかりと育むことができないということから、アメリカのハーグリーブス氏や日本の佐藤学氏は、同僚との協働の重視や、授業を互いにオープンにして研鑽を諮る「レッスン・スタディ(授業研究)を通した「専門職としての教師」という、新たな教師の在り方を追求していく必要があると主張してきました。しかし、教師の保守主義、個人主義、現状主義は今日も根強く残っています。しかも、これまでにもこの欄で書いてきたように、日本の教員社会は、日本の社会全般以上に、今もなお「タテ社会」の傾向が顕著です。したがって、そもそも教育改革自身にも消極的であるばかりでなく、「よそ者」が入ってく来ることに対して拒絶反応ないしアレルギー反応を起こす可能性が他の国々以上に大きいと思われます。

他方で、学校教育に協力しようという学外の組織団体のメンバーが学校に入って協働活動を進めようとした場合、独特の学校文化・教員文化に大いに戸惑うことになります。例えば、教員同士が同僚と密接に連携しているように見えながら、学校全体としてではなく、教科や学年といった特定の集団に留まっている「バルカナイゼーション(バルカン半島の国や民族に見られる敵対的な小集団に分割されている現象)」と名付けられた実態に接すると、国境を超えたサプライ・チェーンが当たり前の世界にいる人々には、学校の時代遅れを感じさせられるに違いないでしょう。

では、どのようにすれば無理のない「協働体制」を確立し、役割を分担して双方の力を存分に発揮できるのであろうか。以下に、具体的な提案を述べていきます。

教育改革の円滑な推進のための具体的方策

まずは、以下の事柄について、双方が当事者としてより正確な共通認識を持つことが、「協働体制」を創るうえでの前提になると思います。

(1)生態的・社会的な持続可能性の危機が、人類が解決すべき最優先課題となっており、それに対して教育が大きな役割を果たす必要が生じている。

(2)社会の急速な進展に伴い、学校が担うことが求められている新たな教育課題が急増している。

(3)児童生徒の多様性が拡大しており、これまでのような教室に30人以上を集めて一人の教員が一斉授業を行うことが困難になっている。

(4)また、上記のような課題に加え、保護者への対応や様々な事務作業の増大もあって、教員の過剰労働は、看過できない段階になっている。

(5)このような学校教育を取り巻く環境の変化の中で、文部科学省は、「地域とともにある学校」という、地域と学校との密な連携を重視してきた。しかし、地域との連携だけで乗り越えることができるレベルではないという判断から、さらに一歩踏み込んだ「よそ者」との「協働体制」が不可欠と考えるに至っている。

(6)しかし、長年培われてきた学校文化、教員文化について、学校側の教職員も自覚し、また学校教育に参画する「よそ者」もそれらが生まれてきた背景を理解しておくべきである。

 このような共通認識を持つには、双方が出会い、対話を重ねるのが最も有効でしょうが、そのような機会を度々設定することは現実的ではないでしょう。そこで、以下のような簡略化したアクティブ・ブック・ダイアローグ(以下、簡略版ABD)を中心とした勉強会をそれぞれが2回ほど事前に実施してはどうかと提案する次第です。

 なお、簡略版ABDに用いる資料は、A4版4ページ×5,6章を2回分で、新たに書き起こす必要があります。しかし、以下の項目の相当部分は、すでにこの「学校教育とSDGs」欄にアップしていますので、それほど多くの作業量にはならないと見込んでいます。

第1回目の勉強会案

世界の教育の潮流と日本の教育改革の動向に関する簡略版ABD

第1章 1990年以降の世界の教育の潮流と持続可能な社会

第2章 新自由主義的教育改革と『Finnish Lessons』

第3章 OECDのEducation2030 とラーニング・コンパス2030

第4章 戦後日本の教育改革を振り返る

第5章 内閣府教育・人材育成ワーキンググループの改革案(前半)社会と子供たちの変化

第6章 内閣府教育・人材育成ワーキンググループの改革案(後半)改革案の骨子

第2回目の勉強会案

学校文化・教員文化を理解し、未来の学校を考える簡略版ABD

第1章 ダン・ローティ『スクールティーチャー』の概要

第2章 アンディ・ハーグリーブス『専門職としての教師の資本』の概要

第3章 日本の学校と「タテ社会」

第4章 日本の教員養成制度とその特質

第5章 教師の専門性追求か、多様性追求か

第6章 2050年の学校の姿を予測する

簡略版ABDの進め方(合計時間150分)

1.【ガイダンス、教材配布】簡略版ABDについての手順や意図の説明し、参加者を5~6人のグループに分け、各グループのメンバーにそれぞれ1章分の教材を配布する。(5人の場合、第1回目、第2回目とも第4章を使用しない)【5分】

2.【資料読み込み】各メンバーは、自分が担当する章の資料を読み込む。(読み進める過程で、重要と思った部分にサインペン等で下線を引くことがお勧め)【30分】

3.【要旨書き込み】配布されたB6用紙6枚に、マーカーで要旨を書き込む。用紙は横長で用い、4行以内に収める、マーカーは太字を用いる。【30分】

 (休憩【10分】:この間に書き終えなかったメンバーは書き終えるようにする)

4.【説明】第1章分担者から順に、B6判用紙を1枚ずつ机に並べながら説明を加えて発表していく。一人4分以内。【25分】

5.【対話】全員分のB6判用紙を眺めながら、質問をしたり意見を交換したりする。【25分】

6.【ギャラリー・ウォーク】他のグループの机に並んだ36枚の用紙を見て回る。【10分】

7.【ふりかえり】ふりかえり用紙に感想等を記入し、グループ内で順に読み上げる。【15分】

《参考》

簡略版ABDを実施した2018年夏の免許更新講習(日本環境教育フォーラム主催、学習院大学協力、講師:川嶋直氏(日本環境教育フォーラム理事長)、中野民夫氏(東京工業大学教授)、諏訪)の記録写真を添付します。使用した教材は、拙著『学校教育3.0』(2018年4月刊、三恵社)の各章でした。

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