学校教育とSDGs

2023年6月17日

「地域とともにある学校」と若手教員への指導

諏訪 哲郎

『若手教師の悩みに応える』掲載グラフより(つづき)

教育調査研究所研究紀要第102号『若手教師の悩みに応える』(2023年6月5日刊行)が同研究所のご厚意で送付されてきました。前回は、そこに掲載されていた教職に意欲や使命感をもてない小学校若手教員の経年増加を示すグラフを取り上げ、今後の小学校教員の力量についての懸念について書きました。

今回は、今回は若手教員と地域との関わりの希薄さについて、また、学校教育における学外者との関わりに話題を広げていこうと思います。

「地域の人々との関係」の希薄さ

『若手教師の悩みに応える』のP.16には、管理職が「若手教師に指導するとき重視していること」を3つ選択させた以下のグラフが掲げられています。以下のグラフは小学校についてですが、中学校の場合、「授業をする力」に続いて「子供との人間関係」「生活指導をする力」「学級をまとめる力」となっています。中学校では教科担任制を採用しているので、「学級をまとめる力」の比重が低く表れています。

管理職が若手教師に指導するとき重視していること(3つ選択)

「授業する力」が小中ともに8割を超えていることについて、「学校では昔から「授業が命」「授業で勝負」と言われ、専門職として当然のことであるが改めて確認できたといえよう」と解説しています。また「最近重視されている「特別な支援を必要とする子供を指導する力」は1割強で少なく」とも書かれています。本研究の遂行者にとっては特別支援教育に関わる数値は予想以上の低さであったようです。

しかし、私にとっては、「地域の人々との関係」が小中ともに0.0%であったことに目が行きました。文科省からの「上意」が教育員会を経て各学校に「下達」される過程で取捨選択されていることを確認させられる思いでした。

現行の学習指導要領が2017年に告示されて7年が経過します。その中心に位置づけられたのが「社会に開かれた教育課程」です。また、学習指導要領の総則で強調されたのが「教育課程の実施に必要な人的又は物的な体制」の確保を柱としたカリキュラム・マネジメントでした。ここでの「人的」体制には、学外の人材の活用が強く意識されていたはずです。さらにさかのぼると2015年12月には中央教育審議会から「新しい時代の教育や地方創生の実現に向けた学校と地域の連携・協働の在り方と今後の推進方策について」という答申が出されています。その答申の理念として「未来を創り出す子供たちの成長のために,学校のみならず,地域住民や保護者等も含め,国民一人一人が教育の当事者となり,社会総掛かりでの教育の実現を図るということであり,そのことを通じ,新たな地域社会を創り出し,生涯学習社会の実現を果たしていくということである。」と書かれており、そこでのキーフレーズは「地域とともにある学校」です。様々な課題を抱えた学校は地域社会の支援を必要としており、地域社会もまた学校という地域の結節拠点を必要としているという相互依存の関係がいよいよ重要になっている、という認識です。生涯学習社会の到来による学校の変容も視野に入れています。

しかし、少なくとも小中学校における若手教員に対する指導では、「地域の人々との関係」は二の次、蚊帳の外というのが実態のようです。

「タテ社会」の身内による指導体制

では、どうして文科省や中教審が重視している学校と地域の連携・協働が学校現場では重視されないのでしょうか?若手教師にとって地域との関係よりも優先度の高い課題が「授業力」であり「学級」であり「子供との関係」だからでしょうが、若手教員に対する指導体制にも一因がありそうです。 『若手教師の悩みに応える』のP48には若手教員がどのような場で(あるいはどのような人によって)指導を受けているかが示されています。下のグラフで一目瞭然ですが、教育委員会主催の研修、教育委員会関係者による指導、学内の管理職や指導的立場にある人の指導や校内研究会が大部分を占めています。しかも、16年前の2007年に実施した「前回」の調査結果とほとんど変わっていません。おそらく、このような身内ともいえる学校教育関係者中心の、「タテ社会」の枠内での若手教員に対する指導体制が変わることなく続いていることが、「地域の人々との関係」が重視されないことにつながっているように感じています。

若手教員はどのような場でどのような人から指導を受けているのか

おそらく、多くの学校関係者にとっては、別に疑問を感じることのない当たり前のことと受け止められているかもしれません。しかし、中教審答申を引き合いに出すまでもなく、学外者が果たす役割が大きな時代に入っていると思っています。この6年ほど学校運営協議会の会長として関わってきた杉並区立西田小学校では、様々な学外関係者が授業や研究会に関与しており、その結果として先生方も子どもたちも確実に著しい成長ぶりを示しています。そのような様々な学外者を交えた学びも評価されて、西田小学校は2022年度のESD大賞を受賞しています。

下の図は2021年1月の中教審の「令和の日本型学校教育」答申を受け、「「個別最適な学び」と「協働的な学び」の一体的な充実」に向けた関係会議に文科省が提示している図です。このなかでも、「協働的な学び」を進めるに当たって「多様な他者との協働」を重視する姿が描かれています。多様な他者として「専門家」とともに、「地域の人」がはっきりと書き込まれています。

http://(参考)「個別最適な学び」と「協働的な学び」の一体的な充実(イメージ):文部科学省 (mext.go.jp)

教育課題の増大と学外関係者関与の必然性

なぜ学外関係者が学校教育への関与を深める必要があるのかについて、学校が抱える教育課題の拡大とその対応を以下の図で私なりの理解を説明していきたいと思います。

下の図は、学校が抱える教育課題が増大しており、さらに増え続けることを示しています。そのうちのある程度は、学校の中の従来の教科教育等で教員がカバーする領域を増やすことで対応しています。しかし、授業や保護者対応で多忙な日々を送っている教師に対応できることには限度があります。多種多様な新たな教育課題に対して、子どもたちからの鋭い質問が出された場合に、満足できる返答をすることは困難です。したがって、学外者と連携・協働を進め、新しい教育課題にも対応できる体制でを構築することが必要になっています。

ただし、重要な教育課題が増えたからと言って、授業時間を増やすことは現実的ではありません。したがって、次期学習指導要領の作り方で議論が始まっているように従来の教科の内容を「ビッグ・アイディア」などでまとめてスリム化することで、新しい教育課題に対応する時間を確保することが求められることになります。このことは結果的には、下の図で示したように、これまでの学校で教職員が直接指導できる領域が縮小し、学外の関係者と連携・協働する領域が拡大することを意味します。そのことは必然的に教員が果たすべき役割として、学外者との連携・協働のためのコーディネーターとしての役割が増加し、その分、従来の教科指導等の役割の縮小が求められることになります。ひょっとすると教員間で得手不得手による役割分担が進むのかもしれません。

このような方向への変動を必然と捉えているのが、2022年6月に最終決定された内閣府の「Society 5.0の実現に向けた教育・人材育成に関する政策パッケージ」です。そこに描けれた次の図では、これまで学校教育が担ってきた役割を層状に分解し、社会や民間の力を活用した協働体制を構築していこうという姿です。

「Society 5.0の実現に向けた教育・人材育成に関する政策パッケージ」が描く学校教育の協働体制

学外者との協働体制に向けた準備

ここまで、学校教育に求められる課題の増大が、必然的に学外者の関与の度合いを増大させる方向に向かうことを述べてきました。そのような観点から改めて「管理職が若手教師に指導するとき重視していること」から「地域の人々との関係」がすっぽり抜け落ちている現実を見ると、未来社会における「地域とともにある学校」像が軽視され、結果的に未来社会を生きる今の子どもたちに不利益を与えてる可能性が大きいと思わざるを得ません。少し皮肉な見方をすると、若手教員が、もっぱら教育委員会が設定した研修会や学校内の研究会で、「これまで」の教育を進めるうえで指導的な立場にあった人から、「これまで」の教育の再生産のための指導を受けていると言えます。その当事者にはそのような意図はないでしょうが、結果的には学校教育界という「タテ社会」の再生産装置の役割を果たしてしまっている可能性があります。もちろん、教育には「不易と流行」があり、「不易」である部分についてはしっかりと保持すべきでしょうが、その一方で、未来社会への対応という視点が欠落しかねません。

『若手教師の悩みに応える』に掲載された二つのグラフから上記のような感想を持ち、さらに、いかに内閣府が学外者との協働体制という将来の学校教育の在り方について提案しても、すんなりとそれらが受け入れられることは極めて困難であろうと予想せざるを得ませんでした。いったん成功を収めたシステムが稼働し、それなりの役割を長期間果たし続けると、そのシステム自身が新たな展開を見せる社会に対する対応力を失い、むしろしかるべきトランジションへの移行を妨げる役割を果たしてしまいます。日本の高い教育力を支えてきた完成度の高い学校教育システムだからこそ、社会の大きな変動に迅速に対応しにくいことについては、約5年前に『学校教育3.0』(三恵社)で論じたことがありますので、ご参照いただければ幸いです。

それでは、前回述べた若手教員の力量形成に関する懸念と、社会の変化が必然的に求めている学外関係者との協働体制構築の困難さは、どのようにすれば克服していくことができるのでしょうか?一番肝心の子どもたち、将来の日本を背負う子どもたちにとって望ましい姿をどうすればできるのかについて、次回以降に考えてみたいと思います。

2023年6月15日

小学校若手教員の教職への意欲や使命感

『若手教師の悩みに応える』掲載グラフより

教育調査研究所研究紀要第102号『若手教師の悩みに応える』(2023年6月5日刊行)が同研究所のご厚意で送付されてきました。そこに掲載されていた調査結果で気になるものがありましたので、いくつか紹介していきたいと思います。この調査は、同研究所が2022年度に実施した質問紙調査に対して全国の小学校224校、中学校79校から得た回答を集計したものです。

同書のP.35には以下の二つのグラフが対比して掲載されています。いずれも初任から6年間に「教職に意欲や使命感が持てない教師の割合がどのように調査したかを示したものです。

中学校では2年目に意欲や使命感がもてない教師の割合が10%を超えていますが、以後減少を続けています。それに対して、小学校の場合は、3年目で一旦わずかに減少しますが、4年目以降どんどんと増加しています。極端に異なる傾向が現れていますが、一体なぜこのような変化が生じているのでしょうか。

教職に対する意欲・使命感の経年変化の小中比較

私立大学に対する初等教員免許課程認定の規制緩和

研究紀要をいただいたお礼として、このグラフについて、以下のような感想と独断的分析を教育調査研究所にお送りしました。

「教職に意欲や使命感がもてない教師の割合」について

P.35の「教職に意欲や使命感がもてない教師の割合」を示した小学校と中学校のグラフの対比は衝撃的でした。解説では、あえて小学校で4年目以降に「意欲や使命感」が持てなくなる理由を深く追及していないようですが、私は(あまり表立って言えないのですが)小学校教員の中に潜在的な力量の低い人が相当数混じるようになったことが、このような傾向を導いているのではないかと疑っています。

この十数年で初等教員免許の課程認定を百数十という私立大学が取得しています。その大多数は入試の偏差値が40以下あるいは偏差値ナシです。小学校教員免許の取得過程および教員採用段階である程度選別されるとは思いますが、高校時代にほとんど勉強しない、佐藤学先生の言葉でいえば「学びの偽装」で通した人や、大学生になっても読書の習慣が全くついてない人が相当数小学校教員になっています。

そのような人にとっては、新任当初は様々な支援を得ることで、また子どもたちと楽しい時間を過ごすこと、自分の適性や能力に疑問をもつことはあまりないかもしれません。しかし、4,5年経過するうちに独り立ちすることが求められるようになると、小学校の学習内容であっても大きな負担になっているのではないかと思われます。保護者との良好なコミュニケーションも、交わす話題を豊富に持ち合わせていないと苦痛に感じることと思います、

P26に「若手教師自身の課題」が列挙されていますが、上記のことと符合する事柄がいくつか見当たります。また、P50 で若手教師の状況で管理職が困っていることとして「子どものトラブルの調整」「保護者との関係」が高い数値になっています。それに対して、若手教師が「子どものトラブルの調整」や「保護者との関係」をあまり重視していないという対比が示されています。このギャップからは、若手教師に見受けられる感受性、感性の未成熟を感じさせられます。

「若手教師自身の課題」と若手教師の自己認識

上記のP.26には、小学校の管理職からの若手教師に対する辛辣な記述が列記されていますが、「ここまで書くか」という感想を持った2つを紹介します。

・資質能力が著しく低い若手教師が配置されつつある。頭数が揃っていればよいという問題ではない。特に理数系に弱い。

・自ら本を読んだり研究会に参加したりして学ぼうとする意欲が見られない。

「特に理数系が弱い」については、かつての小学校教員の多くが5教科入試の国立大学卒であったのに対し、近年増加している私立大学卒の小学校教員は、文系中心の3教科入試で大学に入学しているので、当然の帰結と言えます。小学校の理科や算数で教科専任が増えている背後にはこのような事情もあります。

他にもp.23には以下のような管理職の記述があります。

・自分は頑張っている、自分のやり方はまちがっていないという人はいくら指導しても変わらない。

次の二つのグラフの上は、管理職が「若手教師の状況で困っていること」、下は3年目から5年目の若手教師が「教師として一人前になるために重視していること」です。「授業をする力」や「学級をまとめる力」がともに高い数値になっているのは、当然でしょうが、「子供のトラブルの調整」や「保護者との関係」で管理職が困っているにもかかわらず、若手教師はそれらを重視していません。上記の「このギャップからは、若手教師に見受けられる感受性、感性の未成熟を感じさせられます。」と書きましたが、このような外部評価と自己認識の食い違いの背後には、教員になるまでの段階で、感受性、感性を十分に発達させるような諸体験の不足があるのではないかと思っています。

管理職から見た若手教員の状況で困っていること
若手教員が教師として一人前になるために重視していること

小学校教員の年代別出身大学の難易度

教育調査研究所へ送った感想・独断的分析に対して、本研究紀要の企画・編集を担当した同研究所研究部長から「諏訪先生のご指摘と分析は全くその通りです」と全面同意があった旨の文面とともに、その裏付けとなる資料も送られてきました。届いた資料は、龍谷大学の松岡亮二教授が2022年秋の中央教育審議会「令和の日本型学校教育」を担う教師の在り方特別部会基本問題小委員会に提示した資料でした。以下の表はその「『教員の資質能力の育成等に関する全国調査』の基礎分析」の中でも注目せざるを得なかったものです。出身大学の「一般的な入学の難しさ」で「あまり難しくない/難しくない」の割合が、30代に比べて20代で大幅に増えています。正規任用教員については30代の14.8%から20代は26.7%に、臨時的任用講師も30代の17.0%から20代は31.9%に急増しています。

学齢人口の減少によって大学入学の難易度が低くなっていることはありますが、中学校で「あまり難しくない/難しくない」の割合が30代と20代で極端な増加が見られないことから、前述の初等教員免許の課程認定を多くの私立大学に認可した結果が大きく関与しているとほぼ断定できます。

下表の出典:

松岡亮二(2022)『教員の資質能力の育成等に関する全国調査』の基礎分析

(中央教育審議会「令和の日本型学校教育」を担う教師の在り方特別部会基本問題小委員会提示資料)

教員の出身大学の入試難易度の年代別、小中別比較

では、どうしてこのような事態が、引き起こされたのでしょうか。初等教員免許の課程認定の私立大学に対する規制緩和を進める時点で、ある程度予想された事態だったにも関わらず、国立大学の教員養成系学部・学科への運営費交付金の削減を求めた財務省、それを容認した政権に大きな責任があるように思われます。しかし、それ以外にも追及するに値する問題がありそうです。

次回は『若手教師の悩みに応える』に掲載された別のグラフを取り上げて、もう少し別の側面から教育行政の問題点を探ってみたいと思います。そして、いくつかの視点からの問題を総合的に捉える中で、このような若手小学校教員に関わる課題に対してどのように対応していけばよいのかについての提案もしていくつもりです。

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