学校教育とSDGs

2021年8月4日

教育改革の潮流とオーバーロード(その1)

―7月24日の特別講演会で伝えたかったこと―

2021年7月24日に小淵沢市のアルソア・コミュニティ・ホール「陽樹」で、NPO法人八ヶ岳SDGsスクール主催の第2回特別講演会「未来の教育改革を創造する」を実施しました。当日の諏訪の「教育改革の潮流とオーバーロード」と題したプレゼンテーションは、時間の制約から提示したPPTも3分の2に削減し、説明も大幅にカットしたものでした。ここでは、もともと準備したPPTに簡単な説明を付して、「7月24日の特別講演会で伝えたかったこと」を、3回に分けて書いていきます。

プレゼンテーションの骨子は、ここに掲げた6項目ですが、特に3の「OECDが2019年に提示したラーニング・コンパス2030」と、6のFinnish Lessons (=フィンランドの教訓)は、 まだ日本ではそれほど広く知られてないので紹介します。ラーニング・コンパス2030はSDGsに呼応した画期的な提案ですし、Finnish Lessonsが示唆するフィンランドの教育政策は、教育改革に伴うオーバーロード(過剰負荷)回避の参考になると思います。

1990年以降、世界の教育改革の潮流は、大きく変化してきました。最初の変化は、教師による知識注入型の教育」から「学習者中心の学び」への改革で、アクティブ・ラーニングという言葉に象徴される教育方法の改革が進みました。2000年以降は、世界の経済発展を目的とするOECD(経済協力開発機構)が教育改革を牽引しているように見えます。OECDが2000年から3年ごとに実施してきたPISA調査と2002年に提示したキー・コンピテンシーという概念は、主要国のカリキュラムを「何を学ぶか」という内容重視から「何ができるか」という到達目標重視に転換させてきました。そしてOECDが2019年に提示したラーニング・コンパス2030は、最終的には、社会的Well-being実現のための教育改革の提案で、SDGsが描く将来像に対応したものとみることができます。一番右に書いたように、学校教育の大きな目標が「個人の変容」から「社会の変容」に移行しつつあるとも言えます。

「何を学んだか」から「何ができるか」への変革を牽引したのは、OECDが1999年から2003年に実施したDeSeCoプロジェクトで、3つのキー・コンピテンシーを提示しました。コンピテンシーは、「特定の文脈における複雑な要求に適切に対応していく能力」のことですが、学校教育では、どのような文脈においても適用できる汎用性の高い鍵(キー)となるものの育成が重要との観点から、「異質な集団で交流する」という社会性、「自律的に活動する」という主体性、「相互作用的に道具を用いる」という、具体的にはICT活用などのスキル獲得という3つを抽出しました。

OECDによる国際的な学力比較調査(PISA調査)に世界の注目が集まり、PISA調査の出題の根底にはコンピテンシーという「何かを成し遂げる能力」を求めているという認識が広がると、多くの国々でコンピテンシー重視のカリキュラム改革が進行していきました。この図はシンガポールの中等教育のカリキュラム改革の向かう方向を示したもので、「市民的リテラシー、国際感覚・異文化に対応するスキル。批判的・創造的思考力。コミュニケーション・協働性・情報に関するスキル」といったコンピテンシーの獲得によって、「自信のある人、自発的な学習者、能動的な貢献者、当事者意識のある市民」を育むことを目指しています。

これはニュージーランドの新しいカリキュラムの骨格を示した図です。従来の教科・科目に相当する「学習領域」の隣に「キー・コンピテンシー」が列記されています。さらに注目したいのは、「学習領域」「キー・コンピテンシー」と並んで、「価値観(values)」が記載されている点です。実はシンガポールの教育改革の図でも中心に「核となる価値観(Core Values)」が置かれています。コンピテンシー・ベースの教育改革を進めるうえで、価値観を根底に据えることが不可欠という認識が広がったものと思われます。

実は、日本の現行学習指導要領も、中教審による審議段階でたびたび示されたこの図にあるように、「何ができるようになるか」を一番上に位置づけており、コンピテンシー・ベースのカリキュラムを目指したものです。もちろん、1990年以降の世界の教育改革の潮流の一つであるアクティブ・ラーニングという教育方法の変革も「主体的・対話的で深い学び」として取り入れています。なお、上の枠では「資質・能力の育成」という「個人の変容」に関わる記載があり、「資質・能力」は現行指導要領の最頻出熟語となっています。しかし、中央部には、小さい字ながらも「よりよい社会を創る」ための「社会に開かれた教育課程」というキャッチコピーを据えており、「社会の変容」への視点もしっかりと打ち出しています。

この図は、十数年前から進行し、近未来へと向かう日本の教育改革の方向性を3つのベクトルで表現してみたものです。一番下の第一のベクトルは今回の学習指導要領改訂で強調された「協働的な学び」を重視する教育方法の改革です。第二のベクトルは、2021年1月の中央教育審議会答申「「令和の日本型学校」の構築を目指して~全ての子供たちの可能性を引き出す個別最適な学びと協働的な学びの実現~」で強調された、ICTの活用による「個別最適」を目指す方向性です。そして第三の「ヨコ社会化」のベクトルは、2018年に文科省のタスクフォースが描いた「Society5.0に向けた学校er.3.0」に描かれた、学外者・学外機関の学校教育への関与を示したものです。詳細は『教育展望』2021年6月号に寄稿した提言「「個別最適」と「タテ社会」—ICT活用の懸念と学校の「ヨコ社会化」—」(p.46-52)をご参照ください。(本ホームページの八ヶ岳SDGsスクール | 人類史的転換期における教育改革 – 八ヶ岳SDGsスクール (yatsusdgs.com)でも触れています。)

第一のベクトルである「協働的な学び」あるいはアクティブ・ラーニングが21世紀に求められる創造力やコミュニケーション能力の育成という点で有効なことは、以前から指摘されてきたことです。しかし、伝統的な教育からの転換には、新たな教育方法の効果についての確実な証拠が必要でした。その確実な証拠の一つが、2009年に初めてPISA調査に参入した上海が、断トツの世界一になったことです。中国では2001年に伝統的な知識注入教育から学習者中心の協働的な学びへの転換を図る「基礎教育課程改革」が発令されましたが、上海では1990年代初めから学習者中心の協働的な学びが実験的に導入されていました。上海の学校、といってもすべてではありませんが、右の写真のような協働的な学びや、左の写真のような家庭科と算数の合科授業が試みられています。

第二のベクトル、すなわちICTを活用して「個別最適化」を追究する動きの第一歩として、文科省は児童生徒一人に1台の端末を配布するとともに、高速大容量の通信ネットワークを整備する「GIGAスクール構想」を描いて着手し始めました。そこにちょうどコロナウイルス感染拡大による全国一斉休校が安部前首相によって要請され、「GIGAスクール構想」は前倒しで実施に移されています。ただし、前述の提言「「個別最適」と「タテ社会」—ICT活用の懸念と学校の「ヨコ社会化」—」でも述べたことですが、ICTの活用による個別最適化の追究には懸念材料が少なくありません。

第三のベクトルは、学校以外の人々や機関が学校教育に関与する学校の「ヨコ社会化」で、文科省も将来の方向性として「Society5.0 に向けた学校3.0」というポンチ絵で示したものです。筆者が学校運営協議会の会長を務めている杉並区立西田小学校で2020年2月に実施された第1回「NISHITA未来の学校」は、小学生も教職員も、卒業生も地域の方々も、みんなが日ごろの活動を報告し、質疑応答し、意見を交わす、という様々な世代の人が、学校の内外を越えて学び合う、まさに「ヨコ社会化」された学びの場でした。その場にいたほぼすべての人が、学びの深まりを実感できる催しでした。年1回のイベントではなく、恒常的に展開されるようにするのは、乗り越えるべき課題は多いでしょうが、不可能なことではないと感じました。(続く)

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