学校教育とSDGs

2020年11月22日

小学生の異変(その3)

予防原則の適用を!

黒田洋一郎氏らは、前述の論文の末尾を以下の文章で締めくくっています。

シナプス・レベルの病理診断ができない現時点で、科学的に確定した厳密で完全な検証は困難だが、環境化学物質の毒性・危険性を示すデータは既に蓄積しており、ことに将来を担う子どもの健康に関わることなので、予防原則を適用して毒性化学物質の曝露を減らす具体策が緊急に必要と考える。

予防原則とは、環境保全や化学物質の安全性などに関し、環境や人への影響及び被害の因果関係を科学的に証明されていない場合においても、予防のための政策的決定を行う考え方である。この考え方は、1992年に「国連環境開発会議(地球サミット)」で採択された「環境と開発に関するリオ宣言」の第15原則としても採用されています。

http://www.ne.jp/asahi/chemicals/precautionary/kouen/sld004.htm

ネオニコチノイド系農薬については、EUがEUが2013年から規制を開始し、2018年には屋内での使用を禁止するようになるなど、世界各国でこの予防原則に基づく規制が始まっています。「小学生の異変」(その2)に転載した2008年時点での単位面積当たりの農薬使用量のグラフで日本とともに突出していた韓国でも、2014年にEUに準じた使用禁止措置が取られています。しかし、日本では、逆に数種類のネオニコチノイド系農薬に対する残留基準値を緩和するなどと予防原則に逆行する対応を進めています。ネオニコチノイド系農薬に限らず、多くの農薬や食品添加物に対する日本の規制が弱く、しかも海外で使用禁止となっていったものを大量に輸入しているのが現実の姿です。「国産の食品は安全」というのは過去の神話でしかなくなっているといえるかもしれません。

http://www.nouminren.ne.jp/newspaper.php?fname=dat/201908/2019081201.htm

なぜ予防原則に反する危険な農薬が放置されたり、逆に規制緩和が行われたりしているのでしょうか。実際に米や野菜を育ててみると、無残な虫食いを何とか減らせないものか、害虫を駆除して収穫を増やしたいということから農薬使用の誘惑に駆られます。農業の担い手が減少し、高齢化が進む中で、農薬の助けなしには農業生産を維持できない、という思いも強まっているはずです。だからこそ、危険な農薬や食品添加物に対する規制を国がしっかりと進めてもらう必要があります。しかし、そうなっていないのは、農薬や食品添加物を生産する国内外の化学薬品会社からの圧力や、それらの流通業者からの要望などが政治に強く反映されているからと考えられます。そうであるならば、子どもたちの健康や正常な発育に人一倍関心を寄せている私たち教育関係者は、危険性が指摘されている農薬や食品添加物に対して、予防原則の徹底を国や関係機関にしっかりと求めていくべきなのではないでしょうか。

ICTの発展の負の側面

以前にこのコーナーで中教審初等中等教育分科会が提示した「「令和の日本型学校教育」の構築に向けて」(中間まとめ)を取り上げましたが、そこではもっぱら「知育」「徳育」「体育」のすべてを学校が担うという日本型学校教育は理想かもしれないが、その実現には課題が多いことを述べました。しかし、答申案で最も強調されているのはICT教育の強化です。今回のコロナ禍で、日本の学校における遠隔授業体制やICT機器の普及が近隣諸国に比べて大きく立ち遅れていたことを自覚させられたことから、どうしてもそこに議論が集中した結果かとも思われます。しかし、2018年6月に文科省のタスクフォースが公表した「Society5.0に向けた人材育成」の表題にも、またそこでこれからの学校教育の在り方として示された「個別最適化」でも、AIを学校教育に取り込む方向性が顕著に表れていますので、今回の答申案におけるICT教育の強化は既定の路線と考えるべきでしょう。

https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/002/siryo/__icsFiles/afieldfile/2018/06/20/1406021_17.pdf

しかし、ICTの負の部分といえるインターネット依存やスマホ依存、SNSを使った陰湿ないじめについての言及は「中間まとめ」にはまったくありません。内閣府は平成30年の11月から12月に「平成30年度 青少年のインターネット利用環境実態調査」を実施しています。そこでは「低年齢層の子供のインターネットの利用状況」も調査されており、2歳児、3歳児の45%ほどがスマホやタブレットでインターネットを利用している実態を明らかにしています。もちろん親との共有が大部分ですが、幼少時からのインターネット依存の種がしっかりと撒かれている事実を文科省は把握しているのです。しかし、「中間まとめ」には、インターネット依存についての記述はありません。

ネット依存とスマホ依存

ここでインターネット依存とスマホ依存の違いを少し述べておきます。インターネット依存の90%はインターネットを通じたゲームへの熱中といわれており、「ゲーム障害」は、2019年に世界保健機構(WHO)が国際疾病分類に追加しています。つまり「れっきとした「病気」と認定されるようになっているということです、「小学生の異変」(その1)で岡田尊司氏の『脳内汚染』を取り上げ、ゲームへの依存がギャンブル依存と同様に、脳に対して麻薬のような影響を与える可能性が指摘されていることを紹介しました。その後の研究の進展で、「ゲーム障害」は、人間の知性や論理性を司る前頭前野の働きを弱める働きをしていることも明らかになっています。

一方、スマホ依存は、動画閲覧やスマホゲームが長時間に及ぶというもの含まれますが、特に、SNSやメールでの友達とのコミュニケーションに関わるものが中心となっています。メッセージが届くとすぐに返信しなければという強迫観念にかられて四六時中スマホを手放せなかったり、スマホが手元にないと不安になったりイライラしたり、というものです。

『ネット依存・ゲーム依存がよくわかる本』樋口 進 (監修)、2018年、講談社の一部一部

前掲の「小中高生のスマホ利用時間」のグラフからも小学生の使用時間の長時間化は明らかです。もちろん中学生、高校生に比べれば使用時間は短いといえますが、脳の発達過程から低年齢ほど影響が大きいことは各方面で指摘されています。前述の予防原則という観点からも、様々な弊害が指摘されているインターネットやスマホの使用の長時間化を防ぐ手立てが求められているといってよいでしょう。しかし、このことに対しては、一日の使用時間を決めるなど、家庭内での対応に期待せざるを得ないのが現状でしょう。

とはいえ、平日の相当時間を過ごす学校としても、インターネットやスマホの普及による弊害を考慮した教育活動がもとめられているといえます。それは、外遊びの時間をたっぷりとったり、本物との出会いや体験を豊富にしたりすることです。文科省が「令和の日本型学校教育」で重視しているICT教育推進に素直に従って、ICT機器との接触時間を増やすことではありません。

言うまでもなくこれからの時代はAIが大活躍する時代です。ICT機器の基本的な操作やマナーを修得しておくことは必須という時代になっています。学校がICT機器を整備して今回のコロナ禍のような緊急事態に備えたり、ICTの基礎基本の指導は必要です。また、探究的な学びのためにタブレットを活用することは適切なことです。しかし、学校外でのインターネットやスマホ使用の長時間化を考慮すると、児童のICT機器との接触時間を極力減らし、安易な利用に流されないようにすることが大事であろうと思います。(続く)

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