ラウンドテーブルの動画収録にいたる経緯
一般社団法人教育調査研究所が企画したラウンドテーブル・ディスカッション「SDGs・ラーニング・コンパス2030が描く教育の未来」の収録が11月25日にZOOM会議形式で行われました。以下のチラシは、2022年1月20日から始まる動画配信の広報用の初校です。配信は有償ですが、同研究所の定期刊行物『教育展望』の定期購読者は無料となっており、今回の企画は定期購読勧誘キャンペーンという側面もあります。しかし、学校教育の新たな展開を教育関係者に早く広く伝えたいという、教育調査研究所の未来志向が反映されているとも感じています。なお、『教育展望』2022年1・2月合併号でも、各参加者の発言をかなり詳しく紹介する予定にはなっていますが、表情から受け取れる無言の同意や、意図的な発言回避までは見抜きづらいと思いますので、動画の視聴をお勧めいたします。
その動画の予告編としての役割を意識しながら、今回のラウンドテーブル・ディスカッションの一端を、画面共有したPPTのごく一部を使って紹介したいと思います。
今回のディスカッションの参加メンバーは、文部科学省初等中等教育局初等中等教育企画課 教育制度改革室長の白井俊氏、学習院大学の栗原清特任教授、国士舘大学の森朋子専任講師、学習院大学教育学専攻の院生内田早紀氏、それに諏訪を加えた5人でした。
白井氏は、2015年から2017年までOECDの教育スキル局アナリストとしてEducation 2030プロジェクトに参画され、2020 年12月には『OECD Education 2030プロジェクトが描く教育の未来』(ミネルヴァ書房)を出版されています。そこで紹介されているEducation 2030プロジェクトが2019年に提示したラーニング・コンパス2030こそ、これからの学校教育を変革し、持続可能な社会の構築に導く重要なものと捉えた筆者は、所属する日本環境教育学会の編集委員会で、白井氏へのインタビュー記事を機関誌『環境教育』に掲載することを提案しました。その提案に全面的に賛同したのが国士舘大学の森朋子氏でした。編集委員会の同意を得、文科省から内閣府に移り、科学技術・イノベーション担当審議官となっている合田哲雄氏に白井氏を紹介していただくことで、森さんと諏訪によるインタビューが9月6日に実現しました。インタビュー記事は、12月中には電子媒体版の『環境教育』誌にアップされる予定です。(紙媒体は数か月後)
他方で、ラーニング・コンパス2030の重要性を『教育展望』の松原紀男編集長に熱く語ったことで、『教育展望』の2021年12月号の「提言」として、「ラーニング・コンパス2030 とオーバーロード 求められる変革に立ちはだかる課題」というタイトルで7ページにわたって書かせていただきました。こちらも間もなく刊行されます。以下は、「提言」の最終ゲラの1ページ目です。
このような経緯の中で、松原紀男編集長が、OECDのEducation 2030 プロジェクトはもっと多くの教育関係者に知ってもらうべきことと受け止められ、今回のラウンドテーブル・ディスカッションを企画され、諏訪もその相談役的な役割を担うことになりました。
参加メンバーとして白井氏抜きには成り立たない企画なので、白井氏には本務のお忙しい合間を縫って再登板をおねがいし、また、森朋子氏も本企画に関わりの深い研究をしているだけでなく、優れたファシリテーション能力をお持ちであることからファシリテーターの役割をお願いすることになりました。
栗原氏は学習院大学教育学科の特任教授ですが、40年以上にわたって小学校の教員をされ、学校現場の実態に即して発言してもらおうということで、また大学院生の内田氏は来春から私立学校の教員に着任が予定されており、未来の学校教育の在り方に対する深い関心と不安を抱いている立場から質疑をしてもらうということでメンバーに加わってもらいました。
SDGsとラーニング・コンパス2030の基本情報
動画の収録では、視聴者にSDGsとラーニング・コンパス2030の基本についての情報共有が必要と考え、冒頭で諏訪が簡単な説明を行いました。
SDGsについては、この1,2年で急速に認知度が向上したので、基礎基本は省略し、かつては個別に議論されていた環境、社会、経済の3者が統合されたことにSDGsの意義があることを、以下のスライドで説明しました。
SDGsの前身であるMDGsを取りまとめる上でも、経済界がSDGsへの協力姿勢を示す背景にあるESG投資拡大のきっかけとなった「投資責任原則」を合意に導く際にも、コフィ―・アナン第7代国連事務総長が大きな役割を果たしたことをこのスライドで強調しました。
続くラーニング・コンパス2030の説明では、まず、Education 2030 プロジェクトの実施母体であるOECDが、過去20年以上にわたって世界の教育の潮流を変えてきた、という持論を紹介しました。
OECDは、2000年以降国際的な学力比較調査PISAを実施してきただけでなく、キー・コンピテンシー概念を提示したDeSeCoプロジェクトの推進母体でした。キー・コンピテンシーは、主要国の教育課程の軸足をそれまでの「何を学ぶか」から「何ができるか」に移行させるという大きな役割を果たしています。実は、日本の新学習指導要領も、結局「何ができるようになるか」を到達目標とするコンピテンシー・ベースの教育課程となっています。
そのうえで、さらに2019年にOECDのEducation 2030プロジェクトが提示したラーニング・コンパス2030が新たな教育の展開を導く可能性があることを次のスライドで説明しました。
この図で特に重要なのは、「新たな価値の創造」「対立やジレンマへの対処」「責任ある行動」の三つからなる「変革をもたらすコンピテンシー(transformative competencies)」で、社会の変革を目指すSDGsと呼応した動きと捉えることができます。ラーニング・コンパス2030とSDGs両者の相乗作用で、世界の教育の潮流は、今後これまでの「社会の変化に対応する教育」から「社会の変革をもたらす教育」へと転換していくと予測しています。
このSDGsとラーニング・コンパス2030の類似については、その後、白井氏より、国連とOECDが別々に議論を進めていった結果として「変革」という同じ方向性が示されたものであるとの補足がなされました。
新たな課題とオーバーロード問題、そして学外者との連携
SDGsとラーニング・コンパス2030をめぐる最初の話題としてオーバーロード問題について諏訪が口火を切り、栗原氏が様々な教育課題が押し寄せている教育現場の実態を以下のスライドで迫真の説明をしました。
栗原氏はこのオーバーロード問題に対しては、さらなる人手が必要で、「さまざまな人たちとともに指導にあたれるといいなあ」と語りました。
それに対して白井氏は、オーバーロードが学習内容だけでなく、教員の労働時間や児童生徒の様々な問題にも現れていると認識していることを述べ、さらに、・・・(このあとの部分は、動画配信または『教育展望』2021年1,2月合併号でご確認をお願いいたします。)
話題は、オーバーロード解消策であるとともに、「変革をもたらすコンピテンシー」育成に不可欠な地域や学外者との連携に移行し、まず森朋子氏が、多様なステークホルダーとの対話や協働の重要性について、ご自身のトランジション(より高次の安定段階への移行)研究を紹介しました。このスライドだけでは不十分かもしれません(ので、動画配信か合併号で補足してほしいのです)が、トランジションの実現に求められる他者と協働して社会に働きかける行動に求められるものが、ラーニング・コンパス2030の「変革をもたらすコンピテンシー」の3要素「他者と協働する力」「新たな価値を創造する力」「対立やジレンマに対処する力」にほかならないことを指摘しました。
そして、さらに20~69歳の日本人10,000人へのウェブ・アンケート結果に基づき、学校、地域、社会で人と協働し、社会に参画するような行動をより多く「経験」した人ほど、将来の他者協働・社会参画行動にも前向きに取り組もうとする傾向が明確であることを報告しました。
続いて栗原氏が、学校と学校外組織との連携の困難さについて、以下のスライドのような実際の地域事例に即してその要因を語りました。
結論として栗原氏は「学校と学校外組織との連携にはコーディネーターが必要で、大規模なコーディネーター養成システムの構築が急務である」と締めくくりました。このコーディネーターの配置については、内閣府の教育・人材育成ワーキンググループの10月末の会合でも特に高等学校への配置が話題に上がっており、徐々に配置が進むと見込まれています。そこで、諏訪の方から、小中学校でもコーディネーターが必要であること、コーディネーターの本格的な養成制度の確立が求められることを指摘したのに対し、白井氏は、基本的には同意しつつ、「予算の制約」という現実について話されました。
「変革をもたらすコンピテンシー」と青少年の低い社会参画意識とのギャップ
続いて、「変革をもたらすコンピテンシー」と、その対極にある今日の日本の青少年の実態の隔たりという、今回のラウンドテーブル・ディスカッションの核心ともいえる話題に移っていきました。そこで森氏が提示したのが以下のスライドです。2009年に実施された「中学生・高校生の生活と意識」調査における「「私個人の力では政府の決定に影響を与えられない」と思うか?」という問いに対する韓国・中国・米国・日本の比較結果です。日本の中高生の回答は「影響を与えられない」と思っている割合が全体の8割を超えており、4か国の中でも断トツに多いことが分かります。
同様の調査結果は、日本財団が2019年に実施した調査にも現れています。当日は時間もなかったので、画面共有に出しませんでしたが、筆者の最後の発言にも関係しますので、以下に転載します。
どの項目も日本の青少年の数値が最も低く、社会の変革に対する主体性の低さ、社会参画意識の低さが突出しています。
ただし、問題は青少年だけではなく、中高齢者にも当てはまることを、森さんは再びご自身の調査データに基づく次のスライドで指摘しました。
森さんの実施した調査では、60歳台の年齢層でも60%以上が「住んでいる地域で起きている問題に私が取り組んでも、まちの決定に影響を及ぼすことはできない」と答えるという結果になっており、社会参画意識の低さは、青少年に限られたことではない、ほぼ全世代に共通する問題といえます。
このことに関連して、諏訪は、先ごろ90代半ばで亡くなった中根千枝氏の「タテ社会」論を取り上げました。時間がなく、社会の変革に対する主体性の低さ、社会参画意識の低さとタテ社会の関係についての持論を詳しく述べることはできませんでしたが、日本人の「タテ社会」を支えている単一性について、中根千枝氏があとがきで「近代における徹底した学校教育の普及」が大いに関与していると指摘していることを引き合いに出し、「変革をもたらすコンピテンシー」を育もうとするならば、日本の学校教育の体制や教員養成制度の抜本的な改革が必要ではないか質しました。
このような様々な指摘や問題提起を受けて、白井氏がどのように応答したのかが、今回のラウンドテーブル・ディスカッションの見どころ・聴きどころで、その点は、やはり、1月20日からの動画配信(あるいは『教育展望』2022年1・2月合併号)でご確認いただきたいと思います。また、最後に参加者全員が1分ほどの発言を求められ、諏訪は上記の社会参画意識の低さの克服がこれからの学校教育の最優先課題であることを述べました。他の4人の参加者が最後に何を語ったかも興味津々かと思いますが、これも、この「予告編」では伏せておきたいと思います。
90分という制限時間内にぴったりおさまり、しかも、「言いたいことの半分も言えなかった」という通常のシンポジウムにありがちな後悔やもやもや感もなく、相当満足感を味わえたラウンドテーブル・ディスカッションでした。当事者からの発言では説得力に欠けるかもしれませんが、未来の教育のあるべき姿を真剣に考えさせられる、教育関係者必見の動画になったと確信しています。