学校教育とSDGs

2021年2月27日

「個別最適」と「タテ社会」(その1)

中教審答申のキーワード「個別最適な学び」

中央教育審議会答申「「令和の日本型学校教育」の構築を目指して」が1月末(2021年)に公表されました。この答申作成には、中教審の教育課程部会とともに教員養成部会も加わっており、これから文部科学省内で次の学習指導要領の作成に向けた作業が進むとともに、学校教育を支える学校外の体制と教員免許制度の在り方など、多様な側面での動きが活発化すると見込まれます。

新学習指導要領の全面実施が中学校ではこの春から、高等学校では来年度からというのに、その次の学習指導要領の話題では、少々早すぎと感じるかもしれません。しかし、それだけ社会の変化が速く、これまでのような10年に1回の改訂ペースでは急激な変化に対応できないということでしょう。今後、学習指導要領の改訂ペースはますます早まっていくものと思われます。

新学習指導要領の改訂の目玉は、中教審での審議過程で「主体的・対話的で深い学び」に変わりましたが、当初は「アクティブ・ラーニング」でした。それに対し、次期の学習指導要領における改訂の目玉は「ICTの活用」です。文科省では、すべての児童生徒に端末1台というICT環境を整備すべくGIGAスクール構想を進めてきました。しかし、コロナ禍で近隣諸国に比べて「ICTの活用」が立ち遅れていたことを思い知らされました。休校期間中に多くの公立学校では遠隔授業が成立しない実態が露呈してしまいました。したがって、今回、諮問段階でも「ICT環境や先端技術の活用」があがっていましたが、答申では「ICTの活用」がより一層強調されたように感じます。中教審答申の概要でも、1枚目の最上部、つまり最も力を入れた部分に「ICTの活用」が書かれています。

今回の中教審答申には「~全ての子供たちの可能性を引き出す,個別最適な学びと, 協働的な学びの実現~」という副題がついています。ここに書かれている「個別最適な学び」は、2019年(平成31年)4月の諮問段階にはなかった言葉です。ただし、諮問事項の一つに「障害のある者を含む特別な配慮を要する児童生徒に対する指導及び支援の在り方など、児童生徒一人一人の能力、適性等に応じた指導の在り方」が挙げられており、前述の「ICT環境や先端技術の活用」との組み合わせから、これまでの一斉授業中心の授業から児童生徒一人一人に対応する「個別最適な学び」にたどり着く道筋は準備されていたとも言えます。

答申の「はじめに」に記載された文言を拾い出して、「個別最適な学び」を一文で表現すると、

「個別最適な学び」とは、多様な子供たちを誰一人取り残さないよう、ICT の活用と少人数によるきめ細かな指導体制の整備によって実現しようとするもので、「協働的な学び」と一体的に充実させることで、これからの子供たちに求められる資質・能力を育成しようとするもの

となるかと思います。

「Society 5.0 に向けた人材育成」

「個別最適」という表現は、10か月ほど遡った2018年6月に文科省が公表した「Society 5.0 に向けた人材育成 ~ 社会が変わる、学びが変わる ~」の中で「(公正に」個別最適化された学び」として何度か言及されています。2016年1月に閣議決定された「第5次科学技術基本計画」で、日本が目指すべき未来社会の姿として「Society 5.0 」が提唱されたのを受け、それを各省庁レベルで具体的な提案に落とし込むことが求められました。それに対して文科省としてまとめた構想が、「Society 5.0 に向けた人材育成 ~ 社会が変わる、学びが変わる ~」でした。文科省ではその構想取り纏めのために有識者からなる「Society 5.0 に向けた人材育成に係る大臣懇談会」と、文科省の課長職以上を構成員とする「新たな時代を豊かに生きる力の育成に関する省内タスクフォース」の二つの検討組織を立ち上げて約半年間検討し、それらを合体させたのが「Society 5.0 に向けた人材育成」です。

「Society 5.0 に向けた人材育成」において、「個別最適」という言葉がどのような文脈の中で用いられているかを確認すると、「個別最適」が登場してきた意図は明らかです。

・児童生徒一人一人の能力や適性に応じて個別最適化された学びの実現に向けて、スタディ・ログ等を蓄積した学びのポートフォリオ活用しながら・・・・

・EdTech を活用し、個人の学習状況等のスタディ・ログを学びのポートフォリオとして電子化・蓄積し、指導と評価の一体化を加速・・・・

・ICT 環境の整備、ビッグデータ活用・・・さらに、デジタル教科書、デジタル教材、CBT 導入などを進める・・・・

 以上から十分に察しがつくように、ICTに関するハードとソフトを学校教育の場にこれまで以上に導入することで、児童生徒一人一人の能力や適性に応じた指導を進めようというものです。その背景には、子供の貧困や地域間格差の拡大、いじめ・不登校等の増加、外国籍の子供や障害のある子供の増加など、一人一人の個別のニーズに丁寧に対応することが求められるという、時代の要請があったことは間違いありません。子どもたちの多様化、子どもたちが抱える課題の多様化が進む中で、従来の画一的な学校教育では対応できなくなっているという認識とともに、ICTを活用したりAIの助けを得ることによって、このような多様性に対応できるのではないかという期待感があります。しかし同時に、情報関連企業の相当な売り込みがあったことも推測できます。

「Society 5.0 に向けた人材育成」は、今回の答申案を取りまとめた「新しい時代の初等中等教育の在り方特別部会」の第1回目の会合(2019年6月27日)でも資料として、配布されています。つまり、「個別最適な学び」が今回の答申の最前面に位置づけられるレールは、諮問の10か月前に示された「Society 5.0 に向けた人材育成」によって敷かれていたといえます。

「個別最適化された学び」と「学校ver.3.0」

ところで、「Society 5.0 に向けた人材育成」には、参考資料として「Siciety5.0 に向けた学校ver.3.0」という表題のポンチ絵と、「Society5.0におけるEdTechを活用した教育ビジョンの策定に向けた方向性」という表題の2枚組PPTシートが付されています。後者については、「文部科学省新たな時代に対応するためのEdTechを活用した教育改革推進プロジェクトチーム」という作成者名が付されており、大臣懇談会やタスクフォース内での議論を受けて、今後のEdTech(教育現場にテクノロジーを取り入れて教育を支援する仕組みやサービス)の在り方を整理したもので、参考資料として付した意図は明確です。

それに対し、下に示した「Siciety5.0 に向けた学校ver.3.0」は、誰が作成したのかが明記されてないばかりでなく、「「K-12教育」から「K-16プログラム」へ」「ラーニング・オーガナイザー」「持続可能な開発モデル」など、「Society 5.0 に向けた人材育成」の本文には存在しないフレイズが散りばめられています。学校教育の未来像を描くという意味では「Society 5.0 に向けた人材育成」と方向を同じくするものですが、大臣懇談会等の議論のさらに先を行く構想が示されています。

 いったい誰が、どのような意図をもってこのポンチ絵を「Society 5.0 に向けた人材育成」の参考資料として紛れ込ませたのでしょうか? 

 この「Society 5.0 に向けた人材育成」が発表された当時、林芳正文科大臣の補佐官であり、しかも大臣懇談会の座長を務めていた鈴木寛氏(現:東京大学公共政策大学院教授 兼 慶應義塾大学政策・メディア研究科教授)が、2018年7月28日に行った「2030年に向けた日本の教育政策について」と題する講演の中で、このポンチ絵を分割し内容の一部捨象した2枚のPPTを示しています。上述の大臣懇談会やタスクフォースとは別に、林芳正文科大臣、鈴木寛補佐官を中心とする少人数の集まりができていて、社会経済的な枠組みの発展段階に対応した学校教育の在り方という観点から、未来の学校のあるべき姿を模索していたと想像できます。

http://基調講演2 (鈴木寛 文部科学大臣補佐官) (mext.go.jp)

鈴木氏の基調講演から約1年後の2019年8月8日、その時点では文科省初中局の財務課長で、その前には新学習指導要領の取り纏めの要である初中局教育課程課長を務めていた合田哲雄氏が、日本教育学会のシンポジウム「持続可能な社会と教育」でゲスト・スピーカーとして登壇し、以下のように語っています。

我が国の教育をどのようなビジョンをもって展開していくのか、ですが、その一つの方向性を示したのが、2018年6月に当時の林芳正大臣が発表した政策ビジョン「Society5.0に向けた人材育成」です。(一部略)工業化社会に対応した学校バージョン1.0における学習指導要領は知識の体系でした。学年別漢字配当表がその典型です。それに対し、2017年の学習指導要領の改訂は、知識は大事であるということを当然の前提にしながらも、資質・能力の体系に転換したもので、これが学校バージョン2.0です。2017年の改訂の時に参考にしたのは、学年という枠組がなく個々の子供たちに対応した学びを作り上げている特別支援教育であるとか、教科という枠組みなしに子供たちを育んでいる幼稚園教育でした。

今後、持続可能な開発モデルとして、コミュニティ・ソリューションですとか、Society5.0 という言葉がキーワードになる時代になると、学校バージョン3.0という議論になってくるわけで、そのポイントは二つあります。一つは、これまで以上に学年や教科といった垣根が相対的に低くなるということ。この林大臣のビジョンでは「K-12教育からK-16プログラム」ということで表現しています。二つ目は 学校がすべての知識を持っていて独占的に子供たちを教育するのではなくて、大学や研究機関、図書館、NPOなど様々な機関が、子供をアクティブ・ラーナーにするために連携する。このことが、二つ目のポイントだと思っています。

合田氏は、「林芳正大臣が発表した政策ビジョン」「この林大臣のビジョン」と2回も文科大臣の名前を挙げていますが、実は、このスピーチの冒頭で、「私は公教育と民主制の黒子ですので、・・」と述べて、シンポジウムなどで前面に出てくる立場ではないことを弁解されているのですが、逆に、ポンチ絵の構想をご自身がまとめ上げたことほのめかしてしまったのではないかと受け止めています。ポンチ絵の最下段には、学校ver.1.0を「国民国家モデル」、学校ver.2.0を「グローバル市場経済モデル」、学校ver.3.0を「持続可能な開発モデル」とする構想が描かれています。筆者は、この政策ビジョンが公表される約2か月前に「国民国家型教育システムから資質・能力重視教育システムを経て持続可能社会型教育システムへ」という副題を付した『学校教育3.0』(2018年4月、三恵社)を刊行しています。ほぼ同じような時期に、文科省の上層部でも社会や経済の発展段階に応じた学校教育の在り方があるという観点から、同じような将来構想を描いていたことを知り、心強く感じた次第です。

ではなぜ、「持続可能な開発モデル」の学校ver.3.0という構想を、作成者無記名のポンチ絵の形で「Society5.0に向けた人材育成」の中に紛れ込ませたのでしょうか。おそらく、学校関係者の中には、学校ver.1.0を「国民国家モデル」に固執する抵抗勢力が根強く存在するという実態を考慮した結果ではないかと想像しています。

ただし、ポンチ絵に示された学校er.3.0 の「持続可能な開発モデル」と、筆者が提示した「持続可能社会型教育システム」に基づく学校教育3.0が、同じような方向性を有するものと考えた場合、そこに「個別最適化された学び」が重要な位置を占めていることには、違和感がありました。(続く)

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