『若手教師の悩みに応える』掲載グラフより
教育調査研究所研究紀要第102号『若手教師の悩みに応える』(2023年6月5日刊行)が同研究所のご厚意で送付されてきました。そこに掲載されていた調査結果で気になるものがありましたので、いくつか紹介していきたいと思います。この調査は、同研究所が2022年度に実施した質問紙調査に対して全国の小学校224校、中学校79校から得た回答を集計したものです。
同書のP.35には以下の二つのグラフが対比して掲載されています。いずれも初任から6年間に「教職に意欲や使命感が持てない教師の割合がどのように調査したかを示したものです。
中学校では2年目に意欲や使命感がもてない教師の割合が10%を超えていますが、以後減少を続けています。それに対して、小学校の場合は、3年目で一旦わずかに減少しますが、4年目以降どんどんと増加しています。極端に異なる傾向が現れていますが、一体なぜこのような変化が生じているのでしょうか。
私立大学に対する初等教員免許課程認定の規制緩和
研究紀要をいただいたお礼として、このグラフについて、以下のような感想と独断的分析を教育調査研究所にお送りしました。
「教職に意欲や使命感がもてない教師の割合」について
P.35の「教職に意欲や使命感がもてない教師の割合」を示した小学校と中学校のグラフの対比は衝撃的でした。解説では、あえて小学校で4年目以降に「意欲や使命感」が持てなくなる理由を深く追及していないようですが、私は(あまり表立って言えないのですが)小学校教員の中に潜在的な力量の低い人が相当数混じるようになったことが、このような傾向を導いているのではないかと疑っています。
この十数年で初等教員免許の課程認定を百数十という私立大学が取得しています。その大多数は入試の偏差値が40以下あるいは偏差値ナシです。小学校教員免許の取得過程および教員採用段階である程度選別されるとは思いますが、高校時代にほとんど勉強しない、佐藤学先生の言葉でいえば「学びの偽装」で通した人や、大学生になっても読書の習慣が全くついてない人が相当数小学校教員になっています。
そのような人にとっては、新任当初は様々な支援を得ることで、また子どもたちと楽しい時間を過ごすこと、自分の適性や能力に疑問をもつことはあまりないかもしれません。しかし、4,5年経過するうちに独り立ちすることが求められるようになると、小学校の学習内容であっても大きな負担になっているのではないかと思われます。保護者との良好なコミュニケーションも、交わす話題を豊富に持ち合わせていないと苦痛に感じることと思います、
P26に「若手教師自身の課題」が列挙されていますが、上記のことと符合する事柄がいくつか見当たります。また、P50 で若手教師の状況で管理職が困っていることとして「子どものトラブルの調整」「保護者との関係」が高い数値になっています。それに対して、若手教師が「子どものトラブルの調整」や「保護者との関係」をあまり重視していないという対比が示されています。このギャップからは、若手教師に見受けられる感受性、感性の未成熟を感じさせられます。
「若手教師自身の課題」と若手教師の自己認識
上記のP.26には、小学校の管理職からの若手教師に対する辛辣な記述が列記されていますが、「ここまで書くか」という感想を持った2つを紹介します。
・資質能力が著しく低い若手教師が配置されつつある。頭数が揃っていればよいという問題ではない。特に理数系に弱い。
・自ら本を読んだり研究会に参加したりして学ぼうとする意欲が見られない。
「特に理数系が弱い」については、かつての小学校教員の多くが5教科入試の国立大学卒であったのに対し、近年増加している私立大学卒の小学校教員は、文系中心の3教科入試で大学に入学しているので、当然の帰結と言えます。小学校の理科や算数で教科専任が増えている背後にはこのような事情もあります。
他にもp.23には以下のような管理職の記述があります。
・自分は頑張っている、自分のやり方はまちがっていないという人はいくら指導しても変わらない。
次の二つのグラフの上は、管理職が「若手教師の状況で困っていること」、下は3年目から5年目の若手教師が「教師として一人前になるために重視していること」です。「授業をする力」や「学級をまとめる力」がともに高い数値になっているのは、当然でしょうが、「子供のトラブルの調整」や「保護者との関係」で管理職が困っているにもかかわらず、若手教師はそれらを重視していません。上記の「このギャップからは、若手教師に見受けられる感受性、感性の未成熟を感じさせられます。」と書きましたが、このような外部評価と自己認識の食い違いの背後には、教員になるまでの段階で、感受性、感性を十分に発達させるような諸体験の不足があるのではないかと思っています。
小学校教員の年代別出身大学の難易度
教育調査研究所へ送った感想・独断的分析に対して、本研究紀要の企画・編集を担当した同研究所研究部長から「諏訪先生のご指摘と分析は全くその通りです」と全面同意があった旨の文面とともに、その裏付けとなる資料も送られてきました。届いた資料は、龍谷大学の松岡亮二教授が2022年秋の中央教育審議会「令和の日本型学校教育」を担う教師の在り方特別部会基本問題小委員会に提示した資料でした。以下の表はその「『教員の資質能力の育成等に関する全国調査』の基礎分析」の中でも注目せざるを得なかったものです。出身大学の「一般的な入学の難しさ」で「あまり難しくない/難しくない」の割合が、30代に比べて20代で大幅に増えています。正規任用教員については30代の14.8%から20代は26.7%に、臨時的任用講師も30代の17.0%から20代は31.9%に急増しています。
学齢人口の減少によって大学入学の難易度が低くなっていることはありますが、中学校で「あまり難しくない/難しくない」の割合が30代と20代で極端な増加が見られないことから、前述の初等教員免許の課程認定を多くの私立大学に認可した結果が大きく関与しているとほぼ断定できます。
下表の出典:
松岡亮二(2022)『教員の資質能力の育成等に関する全国調査』の基礎分析
(中央教育審議会「令和の日本型学校教育」を担う教師の在り方特別部会基本問題小委員会提示資料)
では、どうしてこのような事態が、引き起こされたのでしょうか。初等教員免許の課程認定の私立大学に対する規制緩和を進める時点で、ある程度予想された事態だったにも関わらず、国立大学の教員養成系学部・学科への運営費交付金の削減を求めた財務省、それを容認した政権に大きな責任があるように思われます。しかし、それ以外にも追及するに値する問題がありそうです。
次回は『若手教師の悩みに応える』に掲載された別のグラフを取り上げて、もう少し別の側面から教育行政の問題点を探ってみたいと思います。そして、いくつかの視点からの問題を総合的に捉える中で、このような若手小学校教員に関わる課題に対してどのように対応していけばよいのかについての提案もしていくつもりです。