OECDが提示する世界の教育の新たな方向性
学校運営協議会での話題提供から
5月にこのコーナーに寄稿した「新自由主義と学校教育」と「人類史的転換期における教育改革」に対し、「2万字を超えるようなものは、とても全部は読めないよ」という率直かつありがたい批判が寄せられました。
そこで今回は、6月29日に開催された杉並区立西田小学校の学校運営協議会で話題提供として話した内容を、配布資料(2枚、PPTでは8コマ分)に簡単な解説を付すという形式での寄稿に改めました。
タイトルは「近年の世界の教育改革の潮流 OECDが牽引、しかし達成には地域の協力が不可欠」です。
過去30年ほどの世界の教育改革を振り返ると、1990年以降、知識注入教育の限界への対応として、アクティブ・ラーニング、対話、協働といったキーワードで象徴される「学習者中心の学びへの改革」が進行しました。
2000年からPISA調査という国際的な学力比較調査を進めたOECD(経済協力開発機構)がキー・コンピテンシーという考え方を提示し、多くの国々のカリキュラムを「何を教えるか」から 「何ができるか」に転換させることになりました。
そのOECDが」近年、ラーニング・コンパス2030という新たな教育の方向性を示しており、今後の学校教育に大きな影響を及ぼすと考えています。2030という数字からも「SDGsが描く将来像に対する教育からの対応」と言えるとも思います。
OECDが1997年に立ち上げたDeSeCoプロジェクトでは、「どのような状況であっても複雑な要求に適切に対応していく能力」である3つのキー・コンピテンシーを2002年に提示しました。このキー・コンピテンシーはPISA調査の出題傾向に対応する部分があることから、各国のカリキュラムに影響し、それまでの「何を学んだか」中心であった世界の教育の潮流を「何ができるか」へ変えていきました。
例えば、ニュージーランドの新しいカリキュラムでは、従来の教科に相当する「学習領域」に加えて「価値観」と「キー・コンピテンシー」を併置して、「自信をもち、人とつながり、積極的に関与し、生涯学び続けるような若者」を育むというビジョンを掲げています。
また、シンガポールでは、中核的な価値観を取り巻くように自己管理等の個人の内面的なコンピテンシーを、その外側にコミュニケーションや協働性などの他の人との関わりについてのコンピテンシーを置いて、「自信のある人、自発的な学習者、能動的な貢献者、当事者意識のある市民」を育てる構想を描いています。
しかしながら、これらのコンピテンシーを育むという要求は、従来の教科中心の学習に上乗せされることになり、児童生徒や教師、カリキュラムに過剰負担をもたらすことになります。
キー・コンピテンシーの重要性を維持しつつ、SDGs時代の学力・能力としてOECDが提示したのがラーニング ・ コンパス 2030です。
OECDは2015年に「教育とスキルの未来2030プロジェクト」(通称Education 2030 Project)を立ち上げ、そのフェーズ1の締めくくりとして、ラーニング・コンパス2030を提示しました。目下、そのフェーズ2で評価、教育法、管理運営を開発しているところです。
Education 2030 プロジェクトの核心は「私たちが実現したい未来」(The Future We Want)というキャッチコピーに現れています。それまでのキー・コンピテンシーが、変動する社会の要求に対応した能力を育むという観点に立つものであったのに対し、SDGsの「世界を変革する(Transforming our World) 」という理念に呼応して、どのような社会を作り上げていくかという能動性を重視しています。
ラーニング・コンパス2030のキーワードを3つ挙げておきます。
その名称にある「コンパス(羅針盤)」には、未知なる環境の中を自力で歩みを進める姿勢が比ゆ的に表現されています。
2番目のエージェンシー。日本語では代理店という理解が一般的であるが、心理学では「行為主体」をエージェンシーと言っています。ラーニング・コンパス2030では、変化を起こすために、自分で目標を設定し、振り返り、責任をもって行動する能力のことをエージェンシーと定義しており、学習者自身のエージェンシーとともに、学習者を取り巻く「共同エージェンシー(Co-agency)も重視しています。
3番目がWell-being。人間の場合、心身ともに健康で充足した状態を意味するが、ラーニング・コンパス2030では社会的well-beingも求めています。関係文書には「社会的ウェルビーイングという概念は、これまでの経済や物質的な豊かさよりも多くの意味を含むもので、共通の目的地」との表現もあり、Education 2030 プロジェクトでは、これからの教育の到達点として社会的well-beingを設定しているようにも読み取れます。
Education 2030 プロジェクトが提示したラーニング・コンパス2030は、SDGsの達成に対して、教育という側面からしっかりとサポートしようという姿勢が現れています。
しかし、キー・コンピテンシー概念が各国のカリキュラムに加わったことによるオーバーロード(過剰負担)と同等ないしそれ以上の過剰負担が教育現場に押し寄せることは必定で、OECDでも、2020年11月に“Curriculum Overload A Way Forward”を刊行して、カリキュラムの拡大と過負荷を最小限に抑える課題への対応例を提示しています。しかし、そこに示されているのは、既存の教科への埋め込みや.クロス・カリキュラムでの対応が主で、それでうまく行くかどうかは不安が大きいと言わざるをえません。少なくとも日本の教育現場を想定した場合、学校内での対応には限界があると思われます。「新たな価値の創造」「対立やジレンマへの対処」「責任ある行動」などの変革を起こすコンピテンシーは、地域社会での活動を通してこそ身についていくものではないでしょうか。そういった意味でも、学校と地域の連携は今後いよいよ重要になってくると言えます。